チェリーの音楽幕府

音楽の話題が多いと見せかけてそうでもない

私を通り過ぎた音たち 『大貫妙子』

間違いなく俺が最もたくさん聴いた女性歌手がこの人だ。

そして俺にとってはやはりアレンジャー坂本龍一と作り上げた世界が一番好きだ。

シュガーベイブ解散後ソロ活動に入り、最初の「Grey Skies」('76)「SUNSHOWER」('77)から既に坂本龍一が関わっていて、彼のかなり初期の仕事を聴く事が出来る。音は当時流行のフュージョンに近いが、特に「SUNSHOWER」ではその枠の中でもかなりアグレッシブなことをやっている。

三枚目の「MIGNONNE」('78)はガラリと変わり、いわゆるニューミュージック系の作りになる。作品的にはこのアルバムはとてもいい曲が多く、俺の大好きなアルバムだ。

しかし何と言っても彼女がその世界を確立するのはこの後に続く「ロマンティーク」('80)「アヴァンチュール」('81)「クリシェ」('82)のいわゆる『ヨーロッパ三部作』だろう。

俺がリアルタイムで彼女の音楽を知ったのもちょうどこの頃だ。

どれか一枚を選ぶのも非常に困るが、最もポップな仕上がりのこのアルバム。

アヴァンチュール アヴァンチュール
大貫妙子 (1999/06/23)
BMG JAPAN
この商品の詳細を見る

彼女の作品の素晴らしさは言葉には尽くせない。

「こんな曲を作れるようになりたい!」という憧れであり目標であった。

とはいえ細かい転調を繰り返し、複雑なテンションを多用する彼女の曲は、当時の俺は耳でコピーしようにも全く太刀打ちできず、楽譜を買って来てその技をずいぶん研究したものだ。

作品のよさはもちろんの事、それに輪をかけてとにかくこの頃の坂本龍一の仕事は全て神がかっている。その発想、プレイ、アレンジ全てにまだいたいけな俺はノックアウトさせられた。

余談だが(司馬遼太郎風)、当時のアルバムには使用機材が細かく載っていて、中でも気になったのはFender Rhodes Piano。俺は当時これがどんなものなのかわからず「ローデスピアノ」などと読んでいた。

生ピアノとは明らかに違う音が鳴っていたのはわかったので、たぶんこのコロコロした音がそうなんだろう、という事は想像できた。

数年後、貸しスタジオで初めて本物と対面して、「これがローズか!!!(その時にはもう正しい読み方はわかってた)」と喜び勇んで弾いてみたら・・・まともに音が鳴らせず愕然としたのを思い出す。

まあそれはともかく、「ロマンティーク」は薄暗い夜明けの大陸のイメージ、「アヴァンチュール」は明るく軽やかな街のイメージ、「クリシェ」は荘厳な歴史のイメージ、とこの三枚はそれぞれ特徴がある。

その後しばらくして坂本龍一の手から離れてからは俺も少しずつ彼女から遠ざかって行ってしまった。アナログシンセで強引にヨーロッパの世界を作り上げようとしていた坂本龍一アレンジが面白かったんであって、「クリシェ」のB面もそうなのだが、ホンモノのヨーロッパのアレンジャーを使ってそれを表現するんじゃそのまんまで当たり前じゃんと生意気にも思ったのが大きいかな。

とはいえその後の彼女は日本で自分の世界をしっかりと確立している希有なミュージシャンであることは間違いなく、俺は今でもとても尊敬している。

CMなどでたまにその声が聴こえてくるとハッとするよね。