チェリーの音楽幕府

音楽の話題が多いと見せかけてそうでもない

十六の墓標

二十歳の頃に読んだ連合赤軍永田洋子の『十六の墓標』はそれまで読んだどの本よりも衝撃的だった。

一連の同志殺害からあさま山荘事件へと、どうしてこんなことが起きてしまったのか。それが知りたくて永田のその他の全ての著作、それ以外の連合赤軍メンバー、坂口、植垣、板東、森、吉野らの本をおぞましさに耐えつつ、それこそ貪るように読んだ。

 

そこで当時の自分なりに出した結論は「共産主義思想には粛清やリンチは必ずつきものだ」ということ。ソ連や中国、北朝鮮カンボジアを歴史的に見るとあながちそれは間違っていなかったと思う。

すなわちトップの無謬性、そして徹底的な自己批判、革命の為の思想純化論、相互監視、疑心暗鬼…こんなところ。

だからこの事件の原因を判決文にあるように永田個人のパーソナリティの問題に帰結するのは非常に危険である。

誰もが永田になる可能性はあった。

 

そしてこの連合赤軍では人間として未熟な者がトップに祭り上げられ、社会と隔離された閉鎖的社会で絶大な権力を持つ。そこにはトップのさじ加減一つでメンバーの命までも左右することができてしまう。

他になり手がなくたまたま代表の座にあったコンプレックスの塊のたかだが20代の小娘が、メンバーに対して『処刑』を宣告してしまう異常な傲慢さ。

そういう異常な社会ではえてして、他者や社会への批判的かつ過激な意見と暴力性を併せ持つ者が主導権を握るようになる。

これはずっと後のオウム真理教事件にも非常に通ずるものを感じる。

 

そんな革命思想ごっこにかぶれた団塊世代学生運動の達した最も醜悪な姿がこの連合赤軍

そして当時これに近い所にいた人達がうようよ蔓延るのが現民主党政権

とっくに絶滅していておかしくないはずの人種だったのに政権交代でゾンビのように息を吹き返した。

しかもそんな人物が官房長官法務大臣など国家権力の中枢に座るという冗談としか思えない異常事態。

 

それはともかくよく言われる事だが永田洋子重信房子は色々な意味で対照的。

重信房子はこの先どんな最期を迎えるのだろうか。

 

その永田洋子が獄中死した。

30年以上に渡る脳腫瘍の壮絶な闘病生活は死刑の代わりに彼女の人生に何をもたらしたのだろうか。

これまで死刑執行を先延ばしにしてきたのはいわゆる殉教死、そして「国家権力による虐殺」との評価を避ける為か。

 

なにしろ、拳銃を強奪する為に派出所を武装して襲撃した際、当然の正当防衛としての反撃で射殺された「同志」を「国家権力による虐殺」などと自分の行為を棚に上げてぬけぬけと言ってのける連中なのだ。

彼らにとっては革命の為であれば国家権力の装置である警官の命など奪ってもよく、銀行にギャングに入れば人民は我々の活動資金を差し出すのが当然、なのである。

 

狂っている。

 

まだまだ終わらない問題。

それは海外に逃亡した坂東國男は今どこにいるのか、そして残された死刑囚坂口弘は今後どうなるのだろうか。

 

もう誰も彼らを殉教死などと思う者はいないだろう。

 

 

十六の墓標 上―炎と死の青春 十六の墓標 上―炎と死の青春
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永田 洋子

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十六の墓標 下―炎と死の青春 十六の墓標 下―炎と死の青春
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