チェリーの音楽幕府

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『梅ちゃん先生』終わる

この半年間一日も欠かすことなく、雨の日も風の日も北海道旅行中さえも常に一日十五分間のひと時を共に過ごした『梅ちゃん先生』がついに終わってしまった。

朝ドラ完走は15年前の『あぐり』以来。その後は朝ドラ特有のヌルさと、「私頑張ってます!」系ヒロインの押し付けがましさが肌に合わずずっと遠ざかってしまった。

今回は何といっても主演が『ALWAYS 三丁目の夕日』の六ちゃんこと堀北真希ということで、始まる前から久しぶりに朝ドラでも観てみるかと楽しみにしていた。

ただ主人公がお医者さんでテーマが地域医療を描くとの前触れだったので、医療モノドラマが苦手の俺は救命病棟みたいな本格医療ドラマになるようだったらその時点でリタイアしようと思っていた。

しかし蓋を開けてみたらそんな心配は全く無用の、ほのぼのズッコケコントドラマっだったので安心して最後まで観続けることが出来た。

そう、このドラマの特色は今時珍しいベタな手法をふんだんに取り入れた脱力系ホームドラマ。敢えてツッコミどころを残しておくことで視聴者に存分にツッコませる。

波瀾万丈なストーリーで主人公が泣いたりわめいたりするわけではなく、ヒロインはぼんやりふんわりとしたちょっと、いやかなりドジっ子な設定。

さあここで泣いて下さい的な感情をかき乱すような場面もあえて避けているような演出だった。

例を上げれば松子の結婚の挨拶が便所の前だったり、ノブの最大の見せ場のプロポーズが陽造おじさんが留置されている警察署の前だったりと、少しずつお涙頂戴ポイントをはぐらかす演出が目立った。

何か問題が発生しても、無理やり引っ張ることはせず基本次の日にはあっさり解決。

視聴者の感情をこれでもかとかき乱すのではなく、観ている人は最後は「梅ちゃんよかったね〜」としみじみ喜べる、そのあくまでも「ホロリ」「クスリ」のさじ加減が絶妙だった。

登場人物も悪い人は一人もいない個性の強い愛すべき面々。

去年の震災以来世の中はあまりにも悲惨な現実や先行きの見えない社会不安で覆い尽くされる中、せめてドラマの中くらいは温かい心になれるふんわりした世界であって欲しいという心理。それが毎日の朝のひとときを一緒に過ごす安心感として格別に人々の心に訴えかけるものがあったのではないか。

その雰囲気を作り上げた役者陣の好演が目立ったが、やはりその最大の功労者はなんといっても主演の堀北真希

「一人でなんでもやったるで~」的な力の入った押し付けがましいヒロイン像ではなく、いつも「どうして〜?」と自信なく頼りないが、「なんとかなるわ」と周囲の人の協力を得ていつの間にか前に進んで成長しているというヒロインを、堀北さん独特の周囲を包み込む柔らかい雰囲気で非常に上手く演じきっていた。

そしてもう一人の主人公は何といっても梅子の父、建造。

ドラマ前半のどうにも融通の利かない仏頂面はやや役を作り込み過ぎ感があったが、それが後半の人間的味わい深さを際だたせる結果になった。

特に最終週でひろしくんに向かって敬語で語りかけるシーンは、普段の家族に対する姿とは違う、患者に対する医師としての建造の姿勢が垣間見えたいいシーンだった。

そして個人的にこのドラマを盛り上げた立役者は何といっても鶴ちゃん。

最近ではすっかり芸術家然としてしまった鶴ちゃんが久しぶりに本来のコメディアンとしての姿を取り戻してくれた。特に舞台が蒲田に移った後半はまさに水を得た魚のようにアドリブ炸裂でイキイキとした姿を見せていた。

鶴ちゃんと高橋克実さんと二人がいることで、さぞかし楽しい現場だったであろうと想像する。

その梅ちゃんワールドは最後まで失速することなく、最終回を迎えた。

最終回で涙を搾り取られたらどうしようと観るまでは怖かったが、そんな心配はご無用。最後まで湿っぽいシーンのないカラッとしたいつもの梅ちゃん先生だった。

松子の「平凡な人生のようでも結構色々とあるものね」の言葉にこのドラマの全てが込められていた。波瀾万丈でなくとも一見変わり映えのしない日々の日常の積み重ねにこそそれぞれの物語がある。

そしてその歳寒三友の三兄弟がそれぞれの連れ合いに呼ばれていくシーン、最後に梅子をずっと見守ってきたほころんだ梅の木の下で16歳の梅子と同じポーズで伸びをする倍の歳を重ねた32歳の梅子、そして最後の梅子の「今日も頑張ろう」という台詞でこの日常がこれからもずっと続いていくという演出は素晴らしかった。

視聴率も概ね好調だったようだが、その評価とは正反対だったのがヤフーの掲示板。ここはすっかりアンチの巣窟になってしまってそれ以外は入り込めない雰囲気だった。

最初のうちは「へ〜同じドラマを観ていてもこんなに感じ方が違うんだ」と面白がって時々見ていたが、途中からは一度振り上げた拳を下ろせなくなったのか、聞くに堪えない言葉が乱れ飛ぶ醜悪な空間となり、見るのをやめてしまった。

このドラマの最大の特色のちょっととぼけたおふざけの部分が特に気に入らないようで、そもそも自分とは評価する部分の出発点と楽しみ方が根本的に違うので全く噛み合うところはなかった。

ドラマの楽しみ方は人それぞれだが、木を見て森を見ず的な瑣末な部分ばかりに目が行って全体像を楽しめないのは気の毒だな〜と思って見ていた。

ともかくこの半年間、常に自分の生活とともにあった梅ちゃん先生は終わった。

感動して観るたび涙を流すような不朽の名作というタイプのドラマとはまた違うが、この平成24年にさわやかな風となって吹き過ぎていったこのドラマをずっと忘れることはないだろう。

俺にとっては『白線流し』『Mother』と並ぶ思い出深いテレビドラマとなった。

それぞれタイプが違うがどれも俺にとっては永遠に忘れられない名作ドラマ。

この素晴らしき世界よこの愛すべき人々よ永遠に!