チェリーの音楽幕府

音楽の話題が多いと見せかけてそうでもない

ディープインパクト死す

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今から15年前くらいまで、競馬ファンの間ではいわゆる「史上最強馬論争」が絶えなかった。
オールドファンにとってはシンザンシンボリルドルフ、中堅ファンにとってはオグリキャップトウカイテイオー、若いファンにとってはナリタブライアンサイレンススズカエルコンドルパサーテイエムオペラオー等々、競馬ファンが集まればそれぞれの最強馬論争は朝まで尽きることはなかった。

しかし今から14年前、その果てしない論争についに問答無用で決着を付けた馬が登場した。
それがディープインパクト。その名の通り、この馬の圧倒的な強さと戦績とインパクトはそれまでの「俺の最強馬」たちを一瞬で黙らせてしまった。
今でも歴代最強馬としてのこの名に異論を挟む者はいないだろう。それほどまでに圧倒的存在だった。

この馬で思い出すのは2005年の有馬記念
その年ディープインパクトはここまで圧倒的強さで3冠を達成し、いまだ無敗で迎えた年末のグランプリレース。
ここでも当然単勝1.3倍の圧倒的人気で、彼の勝利を疑うものは一人もいなかった。
自分もその無敗での圧倒的勝利をこの目で観たくて、超満員の人で溢れかえる中山競馬場に足を運んでいた。

身動きすら出来ないほどの混雑のスタンドで、ようやく階段に立ち位置を確保すると、目の前に場違いな老夫婦がオロオロしていた。見るに見かねて「ここどうぞ」と隣のスペースをどうにか空けて譲ると、こちらが申し訳なくなるくらいに頭を下げて感謝してくれた。

奥さんの方は特に小柄で、場所を空けてあげたところで背伸びしても馬場は見えなそうだったが、それでも嬉しそうに話しかけてくれた。

「私ね、これ、買っちゃったんですよ」と目を輝かせながら手提げ袋から取り出して見せてくれたのは、ディープインパクト単勝の100円馬券。

「だって必ず勝つでしょ? 思い出になると思って・・・」

あまりに微笑ましくて、ついつい俺はこう答えてしまった。

「大丈夫、必ず当たりますよ」

「そうでしょ? よかったわ」

「それと私ね、ハーツクライは来ないと思うの」

「そうですね、ハーツクライは後ろからの競馬なので直線の短い中山では届かないですね」

と、ひとしきり会話を楽しんだ。

競馬場ではこういう見知らぬ人との刹那の出会いがとても楽しい。

 

そうこうしている間にいよいよファンファーレが鳴り響き、場内は大歓声の興奮のるつぼ。そんな会話もできなくなりみなレースだけに集中する。

スタートするとあとはもう2分半の間16万人の大歓声の渦の中、ゴールする瞬間にはその地鳴りのような轟音は最高潮に達する。

 

そしてレースは終わった。

結果は周知の通り、後ろから行くと思っていたハーツクライがあっと驚く先行策を取り、最後の直線で必死で追い上げるディープインパクトを尻目についにそのまま押し切ってしまった。

 

ディープインパクトが初めて負けた。

 

その後も含めて彼が日本国内で負けた唯一のレースとなった。
その瞬間の競馬場の16万人の雰囲気は今思い出しても何とも形容が出来ない。

自分も今目前で起こった出来事が信じられなくてしばらく開いた口が塞がらず呆然としてしまった。

レースが終わるとすぐに、それまで凝固していた人ごみがふいにドロドロと溶解するかのように流れ始め、気付いた時にはあっという間に老夫婦の姿を見失っていた。 

あの二人はどんな思いでこのゴールの瞬間を見たのだろう。

それを思うと、いまだにこの日のスタンドから見えた光景が、ディープインパクトの敗戦という事実ともに記憶にしっかりと刻み込まれて忘れられない。

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ディープインパクトとは、それから5年後、今から9年前に北海道へ旅した時に牧場で再会することができた。

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日本競馬に彗星の如く現れた誰しもが認める歴代最強馬ディープインパクト
その圧倒的な強さは競馬ファンの記憶に永遠に刻み込まれて消えることはないだろう。

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