桜が嫌いだった。
あの、「有無を言わせぬ」圧倒感。
「なにもそこまで」というほどの、作為すら感じる密集度。
年に一度だけ突然現れて人々の心を蹂躙し尽くした挙げ句、山のような残骸だけを残して嵐のように消えていくその無責任さ。
何よりも嫌いだったのは
「花見」に名を借りた予定調和の極みのドンチャン騒ぎ。
ただひたすら騒がしかった。
嵐が去るのを耳を塞いで待ち忍ぶしかなかった。
桜が怖かった。
その人心に与える狂気にも似た不可思議な力に、底知れぬ恐怖感すら抱いていた。
空をも埋め尽くすほどに狂い咲きした空間にひとり立っていると、
自分がその巨大な力の中に取り込まれてしまうような錯覚を感じて、ただひたすら畏れおののいていた。
いつからだろう?
この桜にいとおしさすら感じている自分に気がついたのは。
こんなにも桜が好きだった自分に今まで目を瞑り続けてきたのか?
はたまたその巨大で奇妙な力にいつしか取り込まれてしまっていたのか?
今となってはそんなことはどうでもいい。
道標のように続く花びらを踏みしめて、
今こそその力の深淵を覗きに行こう。