先日、帰ろうと思えばいつでも帰れる距離にある実家に、久しぶりに戻る機会があった。
その際、ふと自分の育ったこの街を歩いて記憶の再体験をしてみようという気になった。
東京生まれの自分に『ふるさと』はない。
しかし『子供の頃育った』という意味では、この街は間違いなく『ふるさと』である。
ひとしきり小さい頃よく遊んだ場所を訪ねたあと、いつしか足は『その場所』へ引き寄せられていた。
中学校。
此処にはいい思い出がない。
それどころか、ずっと『忘れてしまいたい』場所であった。
卒業して以来、此処の前を歩くことすら避け続けていた程のその場所に、何故かその日は足が吸い寄せられていく。
これほどの年月が経過している。
当然自分の中では今なら笑って話せるくらいに消化している筈のはるか昔のことであるが、17年振りの再会に心は波打っていた。
自分の中にあの鈍い感覚が蘇るのを覚えた。
しかし確実に何かが自分を呼び寄せていた。
気がついた時には『その』前に立っていた。
「学校がなくなっている!」
校門のあった場所には高いフェンスが張り巡らされ、本来校舎が聳え立っている筈の場所にそれはなかった。
しかしすぐにその間違いに気がついた。
どうやら校舎を建て替えているらしい。
当時の裏門に回ると、そこが正門として使われていた。
門を入ると、目の前一杯に瓦礫の山が広がった。
今まさに取り壊しの最中で、そこに建っていた自分の三年間学んだ校舎は見るも無惨な姿を晒していた。
あれ程の威容を誇ったコンクリートの要塞のようだった校舎が、今や大きな傷口をむきだしにして重機たちの餌食になるのを待っていた。
たたでさえ狭かった校庭がそのままプレハブの仮校舎となっていて、現在校庭もなく不自由しているであろう生徒のことを思うと胸がいっぱいになった。
プレハブ校舎の裏手に回ると、信じられないくらい小さなプールがそこにまだ健在だった。
すると、資材置き場の片隅に、すっかり忘れ去られた物のように、長年の風雪に毎日耐えてきたであろう当時とはすっかり見る影もなくなったサビまみれの朝礼台が、何者かから隠されるかのようにひっそりと置かれているのを見つけた。
ふと何かに誘われるかのように、ゆっくりと17年振りに一歩一歩踏みしめながらその階段を昇ってみた。
その時自分の中で何かが氷解していった。
長年心の中に重くのしかかっていたものが、この瓦礫の山とともに確かに崩れ落ちていった。
気がつけば17年。
しかしもうこれからはしっかりと前を向いて歩いていけるような気がします。
胸を張って「これが私の母校です」と言える気がします。
いつの日か新校舎が落成した時には、しっかりと胸を張って改めて校門をくぐりに来よう。
自分の知っている17年前の空気はもうそこにはない。