十日程前、突然今まで経験したことのない腹痛に襲われた。
最初は我慢していたのだが、日に日に痛みがひどくなり、仕事もしていられない状況になったので、堪り兼ねて病院に行った。
「腎結石の疑いがありますね~、ちょっと写真撮ってみましょう♪」
ひぇ~結石なんてめちゃめちゃ痛いんじゃないの?
と、怖れおののきながらレントゲンを撮るも、
「…何も写ってないね~、なんだろうね~? じゃ今度はエコーとってみようか」
と、生まれてはじめてエコー検査というのをやった。
あーこれって妊婦さんが胎児を見るやつだよな~、と妙なところで感慨に浸っていると、
「ほら、これが腎臓、これが肝臓ね♪」
と、リアルタイムで自分の腹の中を見せられるのに感動するも、何か複雑。
「う~ん、ガスがいっぱいたまっててよく見えないね~」
大きなお世話だ。
しかしそのエコー検査でも異常は発見できず、結局別の病院を紹介されて、『CTスキャン』ってのをやることになった。
しーてぃーすきゃん!!!これはスゴイことになってきた!
もうここまで来るとドキドキよりワクワク。
迷路のような廊下を通って半ば方向感覚を失い、気の遠くなる程歩いた突き当たりに、その分厚い扉の部屋はあった。
近寄るもの全てを拒むかのような重く冷たいその扉を開けるとそこには近未来空間が広がっていた。
ひどくがらんとした部屋のまん中に、機能のみを追求し無用な物を全て排除した、非情なまでに無機的なベッド。
その先には、胎内回帰への願望を見すかされ、あたかもそれを嘲笑うかのように「さあ、いらっしゃい」とばかりに、ドーム型のトンネルが続いていた。
金魚鉢のような分厚いガラスの向こうには恐らく、ショッカーの人造人間工場の如く、ベッドに横たわる人を自由に操ることのできる機械が所狭しと並んでいることだろう。
最早抵抗する意志などなく、促されるがままにそのベッドに横たわり、改造手術を待つばかりとなった。
観念して静かに目を閉じると、とてもこの世のものとは思えない、作ったように不自然な声が、まるで頭の中に直接響きかけるように聞こえてきた。背筋が凍り付くような声だった。
「息を止めて下さい」
やはりショッカーの連中は俺を殺す気だ! 早く逃げ出さないと! しかし身体は金縛りにあったかのように動かない。
必死でもがいているうちに、ガタン、とベッドがゆっくりと動き出した。
俺は全てを観念した。
ベッドは静かにトンネルの中へと吸い込まれていく。
奴らは俺をどこに連れていくつもりなのだろう?
このまま宇宙船に乗せられて異空間へと放り出されるのだろうか・・・?
頭の中にはあの無気味な声が先ほどから盛んに鳴り響いている。
「息を止めて下さい」
だめだ! ここで奴らの言いなりになって息を止めてしまったら死んでしまう!!!
俺は必死で抵抗した。
しかし…、
「息を止めて下さい」
「息を止めて下さい」
呪文のように繰り返されるその言葉に、いつしか俺は心地よい永遠の眠りへの誘惑に耐えられなくなっていた。
なあんだ、苦しむことはないんだ。この言葉の言う通りにすれば楽になれるんだ…。
簡単なことじゃないか…。
俺は身体中の力を抜いて静かに目を閉じた。
その一瞬、ドームの中に宇宙が確かに見えた…気がした。
気がつくとそこはいつもと変わらぬ病院の待合室だった。
ふらふらと玄関から出ると、外は夏の謳歌を未だ諦めきれない太陽の落とす自意識が、しかし紛れもなく秋の匂いを感じさせる9月の空気に変貌を遂げつつある街並となって拡散していた。
…そういえば部屋の電球切れてたっけ、買って帰ろう。
そんなことをぼんやりと考えながら俺は家路へと向かった。