チェリーの音楽幕府

音楽の話題が多いと見せかけてそうでもない

7月15日  -I'm waiting for the day-

彼は時空を超越して、果てしなく永く広い時間と海を渡ってやって来た。

ステージのスポットライトの下には、まぎれもなく「Spirit of AMERICA」そのものが、時折微笑を交えながら座り、そして信じられないことに歌っていた!

ちょうど32年前、僕が生まれるのとほぼ時を同じくして、音楽活動の第一線から事実上身を引き、精神を病み薬物中毒で廃人同様の生活を送って来た彼。もうあとは死を待つのみと噂されていた彼が「復活」と聞いて誰もが耳を疑った。それが10年前。しかし彼は本当に「帰って」きた。かつての天使のような歌声は失ってしまったけれど。

彼の率いる"AN AMERICAN BAND"は今までにも2回、この極東の島国にやってきている。しかしその2回ともステージに彼の姿はなかった。従って今回が彼の57年の人生において初の「来日」。

彼のいたバンドにはそれこそ星の数ほどのヒット曲がある。しかし、彼が本当にやりたかった、彼にとっての「真の」名曲はそれ以前に比べるとあまり一般的には認知されなかった。何故なら、それまで作り上げられてきたバンドの「イメージ」とあまりにかけ離れていたから。彼の人生は常にそのジレンマとの闘いだった。

しかし今回、初めてそのバンドの呪縛から解き放たれた彼は、実に生き生きとそれらの「隠れた名曲」たちを演奏した。一曲目がいきなり33年前のアルバム未収録の曲から始まるという大胆さ! もちろん30年以上経った現在の観客は皆そのことを知っている。

レコードやCDでしか聴いたことのなかったその曲を、実際にそれを作った「伝説の人物」が、今目の前で歌っている! 周りを見渡すと、感極まって泣いている人が大勢いる。誰もがこんな日が本当にやってくるとは想像すらしなかっただろう。

しかし彼は本当にやって来た。

時空を超えて。

バンドのメンバーが彼を紹介する時に彼を称したこの一言が全てを言い表わしている。

『THE GREAT!』

「ポップミュージックの世界に現存する天才を一人選ぶとすれば、私はBrian Wilsonを選ぶだろう」

                         ~ジョージ・マーティン